21世紀の最初の10年が間もなく終わる。
この10年間は、大きく変化する将来の日本の姿を暗示するものであった。
『国力の衰退にともなう国民意識の変化』
否が応でも起こるであろう最大の変化がこれだ。
覚えているだろうか10年前・・・
4月26日 小泉純一郎が第87代内閣総理大臣に就任した。そして、9月11日には ニューヨークのワールドトレードセンターがテロによって崩壊した年である。
21世紀はこうして始まった。
来るべき新世紀への期待とともに、新たな国際的枠組みによって起こる様々な紛争を予見させたのだ。
そして10年を経て
日本には、大きな問題を抱えていることが明らかになってきた。
人口減社会というものは
とんでもなく恐ろしいものである。
見えないテロよりもひょっとしたら脅威ではないか。
何故なら、これまで通用していた考え方・尺度といったものがまったく通用しなくなってしまうからだ。
例えば、経済は成長するものだと思っているが、これはまったくそうはならない。
人口が減ると経済は縮小するのが当たり前である。
ところが、このあたり前のことが理解できずに『景気が悪いからだ』とか『政治が悪いから』とか考えてしまう。
景気や政治のせいでは無い、経済が縮小していることがすべての原因である。
そしてその大きな根本原因が人口減なのだ。
就職できない、給料が上がらない、リストラされた、仕事がきつい、利益が出ない、・・・・・などなど、悩みを抱えている人はすごく多い。
そのほとんどの原因が経済の縮小にある。
生産拠点をアジア諸国に移動することによって起こる空洞化が問題となっているが、これも国内経済の縮小と無縁ではない。
国内市場だけでは食べていけないからこそ、輸出をして成長を遂げた日本である。
国際市場での競争力維持には、製造原価の低減は必須だ。
更に、国内市場の冷え込みが企業の売上と収益性にブレーキをかける。
日本の産業が生き残るためにはやむを得ないことなのである。
無差別殺人であるとか、保険金目当ての事件であるとか、以前には考えられなかったような非人間的な事件が多い。
将来歴史家はきっとこう言うだろう
『21世紀初頭は人心が荒廃し・・・』
しかし、現代を生きている我々にとっては堪らない話である。
なぜ人心が荒廃したのか・・・・・?
将来に対する希望が見いだせない社会だからだ。
それは何故か・・・
実は人口減社会を体験した国家はそう多くは無い。
様々な不安、理由の無い漠然とした不安が、知らず知らずのうちに心を蝕んでいるのかもしれない。
そしてそこから生まれる心の歪が、理解できない犯罪となって顕れる。
政治の世界においても深刻な事態となっている。
小泉政権の誕生はあだ花的であって、本来はあり得る政権ではなかった。
経済成長を前提とした構造改革は、論理的に無理があった。だから、返って抱えていた矛盾を顕在化させてしまったのだ。
その後は、ただただ絵に描いた餅を繰り返し掲げるだけで、正しい現状認識にもとづいた政権も生まれなければ、このことを指摘する政治家はひとりも現れていない。
やがて国民は自覚する『日本は衰退しているのだ』と・・・・・・
そんな国民から見た時に
現在の政権はあまりにも頼りなく、情けなく見えてしまう。
支持率は、単に政権を評価しているものではない。
日本の将来への希望を表しているのだ。
経済は縮小する!
そのことを前提に政策を考える政権が生まれない限り
国民は将来への希望を持つことは無い。